読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

婆の戯れ言。

つまらない人間セメントが、つまる人間になるために、嫌なことを我慢してがんばる修行日記です。

修行(予告)3【おしゃれでかしこいイベントに行く】

 

KITAKAGAYA FLEA 2017 Spring & Asia Book Market

 

というイベントに次の日曜、行こうと思っています。インセクツが主催する、地域やアートやカルチャーに関わるとっても素晴らしいイベントです。でも私は行くと決めた日から、悶々として、誰から誘われたわけでもないのに、他の予定が入って行けなくなったらいいなあと思っています。

 

なんで自分が行くと決めたイベントやのに、こんなに悶々とせなあかんかと言うと、それは、こういうおしゃれでアカデミックで意識の高いイベントに顔を出して、こういう空気に関わっておきたいという気持ちと、こういうおしゃれでアカデミックで意識の高いイベントが苦手という気持ちのせめぎあいです。

 

こういうイベントに行くと、すごいアウェー感を感じるのです。だいたいこういう場所は、おしゃれな人同士が「おー!」みたいな感じでそこここで出会って、どうしてんの?的な会話をしてるじゃないですか。完全に知り合いがいない(もしくは一方的にしか知らない)場合、居場所がないんです。

 

前もなんか、エロとアートを融合させた祭りみたいなイベントに行ってぐったりしたんですが、そこでもあちこちで「おー!」が繰り広げられてました。当然私は誰ともおー!できず、一人でそそくさと見て回って帰りました。(そもそもエロを題材にしたアートがあんまり好きではありません。性器的なものを出す=俺タブーに挑戦みたいな。そんなんやってるほうが楽しいだけで、見てるほうは苦笑い。田縣神社ぐらいやるほうと見るほうに距離感があってこそ、巨大なちんちん=御神体を笑う余裕もあるってもの。ちんorまんを不用意に解釈してる感じが苦手です。)

 

でも本当は、「おー!」と言う側、言われる側になりたい。こういう場所に行ってアウェー感を感じない人になりたい。でもなかなかなれません。人見知りやから?違います。ほんまはそんなに興味ないからです。

 

きっと行っても楽しめずに、はいはいアートアートみたいな気持ちで帰ってくると思います。まあカレー屋さんがたくさん出るので、カレーを食べに行くぐらいの気持ちで行ってきます。でもカレー屋さんも意識が高すぎるとしんどいんですけど。普通にカレー食べさせてくれよ。カレーに哲学とか混ぜ込むなって思います。

 

まあでも修行やから。こんなとこでひねくれたブログを書かず素直に楽しみな気持ちでイベントに行って、知り合いに「おー!」って言えるようになったら人生上がりかなと思います。

 

 

修行2【夫と子供を置いて、自分だけ海外旅行をする】

 

10年ぶりの海外旅行をしてきました。行き先はイギリスとフィンランド。4歳の息子を夫と母に託しての旅行でした。

 

この「母親が小さい子供を置いて海外旅行をする」というのは、けっこう否定的な意見も多いようです。ネットでざっと見たところ、子供のことより自分を優先するなんてそれでも母親!?海外なんて子供が大きくなったらいつでもいけるでしょ!!残してきた子供に何かあったらどうするの!?お世話するほうの身にもなってみなさいよ!!そもそも私は子供が心配で海外旅行なんて楽しめない!!みたいな感じ。それも、出張や出産など致し方ない理由で子供と離れるならまあ認めるけど、遊びでしょ!?自分の楽しみのために子供を犠牲にしてるんでしょ!?そんなのありえない!!な論調。

 

びっくりしました。母親になったらわずか10日の海外旅行も許されないなんて…。たった10日間、子供と離れることがそんなに大変なことなのでしょうか…。お母さんと10日離れるだけで、子供の人生に悪影響?ほんまに?

 

私は私がいない間、父親や祖父母と一緒に、私とではできない経験をいっぱいしてくれればいいなと思ってました。私と過ごす10日間は普通の10日間でしかないけど、私以外の人と過ごす10日間はまたなんか違うものやと思うから。母親の人生が豊かなほうが、子供にもいいんじゃないかしら、と思ったりもします。

 

あと「連れて行ったらいい」という意見もネット上では見られましたが、私は連れて行かなくて良かったと思いました。それこそ、親の楽しみに無理やり付き合わされてしんどいだけやと思う。自分が望んで行くわけでもないのに、14時間も飛行機の中で静かにしていないといけないなんて辛いやろう。息子は飛行機で10時間かかるフィンランドより、近所の公園のほうが楽しいはず。美しい景色や広い世界を見せたいという気持ちもありますが、もう少し大きくなってからでもいいように思いました。

 

そんなこんなで一人で参加した海外ツアーは、とてものびのび自由に楽しめました。ちょこちょこ息子の様子は確認しましたが、そんな「心配で楽しめない」なんてことは全くなく。息子も泣いたのは初日ちょっとだけで、あとは元気いっぱいだったそうです。帰ってきたらどんな顔するかな?ってちょっと不安でしたが、ちょっと照れた以外はすぐにいつも通り。むしろ「お土産はー!?」って私より土産のほうを待っていたようでした。

 

10日間の海外旅行はいろいろ勉強になって、うっかり「たくさんの学びと気づきがありました」とか言ってしまいそう。でも実際のところ、知らん世界をいっぱい見れて面白かったー!という単純な感想が一番です。世界は広くて、いろんな場所がいていろんな人がいる。世界中どこでも暮らそうと思えば暮らせる。日本だけじゃなくて、逃げ場はいろんなとこにある。そう思いました。私がもし将来なにか行き詰まったら、日本国外に出る手もある。「逃げるは恥だが役に立つ」ではないけれど、世界中どこにでも逃げ場はあるんだと思ったら、なんか生きるのが楽になるような気がします。昔は大学卒業しても就職が決まらなくてなんとなく海外留学する友達を「なにを甘えてやがる」と思ってたけど、彼ら彼女らの親にしたら、次につながる前向きな居場所を作ってあげたいという思いだったんだろうなあ…と思います。とにかく、世界中に居場所はある。逃げ場があると思うだけで、私のような弱々しい人間は安心するのです。

 

 

 

 

愚痴1【 忙しいのはみんな一緒!なわけない 】

 

力を貸してとお願いされて、お手伝いできたらしますと言ったことに対して、お金が発生する仕事のほうを優先していたら、「何もしてくれない!」と怒る。「忙しいのはみんな同じ。忙しいは理由にならない」と言う。

 

いやいやいや。寝る間も惜しんでボランティアして仕事に穴開けるわけにいかへんし。物理的に時間がとれないのを、忙しいというのではないのでしょうか。あと忙しいのはみんな同じって、忙しさの中身は人それぞれ違うと思うんですが。みんな忙しいけど(なんならあんたより)、こんなにがんばってんねんで!っていう感じで言われると、でもそちらは好きでやってることですやん、て思います。

 

またちょっと怖いのは、こういうことを言うのが、「良いこと」をしてる人に多いこと。その人たちは想いの部分を原動力にしてがんばれるかもしれへんけど、私はそうではありません。「みんなが幸せに暮らせる世の中を作るために!」と言うてる人がそこら中で揉めたりしてるのを見ると、なんか複雑な気持ちになります。何かをしようと動けば自ずと軋轢は生まれるもんやと思うし、それが悪いこととは思わんけど…。巻き込まれるのは勘弁。

文句1【SNSに自撮りを上げる人】

 

 

SNSに嬉々として「桜の通り抜けいったよ!」「大学の同期と飲み会したよ!」「彼氏と旅行にきたよ!」「髪の毛きったよ!」みたいなことをこまめにアップしてくださる皆々様は、いったいどんなお気持ちなんでしょうか…

 

私もたまにリア充っぽいことをした日などは(おしゃれなイタリア料理屋で仕事の打ち上げとか)、いっちょあげたろか…と思ったりもしますが、私がどこに行って誰と何を食べたかなんて、「誰が興味あんねん!」とヤナギブソンが出てきてやめてしまいます。

 

SNSというのは、自慢の場だと思います。こんなすごいとこ行ったよ!こんなに友達いるよ!こんなに美味しいもの食べてるよ!こんなことに詳しいよ!を発信する場。私はかつて、いつもSNSに「今日は大切な仲間とミーティング。やっぱりこのチームめっちゃ好き!こんな私でも受け入れてくれてありがとう!」みたいなことを度々あげている人と飲んだ翌日、その人のSNSにはなーんもあがってないのを見たときに、己の価値を思い知りました…。自慢するに値しないわたくし。どおりで、飲みの最中いっぺんも写真撮らへんと思ったわ。

 

しかし日本人が、こんなに自己顕示欲をあからさまにするなんて、意外でした。カラオケが流行ったことも意外に思っていましたが(人前でうっとり熱唱するなんて、音楽の時間に誰も歌わない日本人には向かないと思ってた)、SNSでこんなに自慢をしまくるなんて衝撃です。

 

昔おった「写真恥ずかしいから嫌や〜!」っていう人もめんどくさかったですが、でも猫も杓子もこれだけ恥ずかしげもなく自分の顔を晒しまくるというのも、不思議な気がします。自分が綺麗に撮れてる写真をプロフィール画像にするなんて、「綺麗でしょ?」って言うてるようなもんですやん。

 

とは言え、私は異常に人目を気にする自意識過剰な人間なので、「こんな写真あげたら自分のこと綺麗と思ってるなこいつと思われるやろな…」と先回りしてやめてしまうのですが、多分あげている人は「綺麗に撮れた!あげよー♪」ぐらいの感覚なんやと思います。人からどう見られるかを意識しすぎて勝手にかんじがらめになっている私なんかよりも、ずっとずっと素直で素敵と思います。

 

でも。やっぱり「今日は旦那さまと久々にお外でごはん♡」とかって旦那とおしゃれ飯を食ってる写真を自撮り付きであげられると、「はあ?知らんわ」と思ってしまうのです。

 

あとやたら見るのが「たくさんの気付きがありました!」「出会いに感謝!」系。IT企業の社長さんですか?そして気付きっていつから名詞になったんでしょうか。

名言格言ぽいのをあげる人も苦手です。「自分を縛り付けてるのは、他人じゃなくて、きっと自分」(もっと意味ありげなやつ)とか。ええこと言うたった感が嫌。これも気付き系に多い。

それから「私ごとですが…」ってなんか発表する人。個人のSNSに、私ごと以外の何があると言うのでしょう。

謎のポエムっぽいのもちょっと…。「月明かりがあったかいこんな夜は、しあわせのお布団をかぶって眠りの国へ」(もっと支離滅裂っぽいの)とか。なんの話やねん。

中身まるだしの人も心配。「ダーと喧嘩…あかんてわかってんのになあ。でも今めっちゃ会いたい!」とか。そんなんみんなに公表してええの?って思いますけど。ええんでしょうね。日記じゃあかんのかな?そしてこういうちょっと心配な感じの人は、だいたい知らん間にSNSからおらんようになってます(もともとそんなに深い知り合いではない)。

 

とかまあ人の投稿に文句を言い出したら止まりませんが、とどのつまりは羨ましい。リア充な生活をして、それをためらいなくあげられることが羨ましい!私だってちょっとかわいく撮れた自分の写真を、「今さらsnowやってみたw」とかってあげたいと思うさ。でも婆の自撮りに誰が興味あんねんと思ってしまい、キャンセルを押して投稿を諦めるのです。

 

・・・日曜の昼間にこんなしょーもないことを考えるより、さっさと修行を積んで、SNSに自慢できる充実した人生と、「誰が興味あんねん!」と思わないメンタルを手に入れたいです。

 

 

  

修行1【「ゴースト・イン・ザ・シェル」を観る】

 

 子供のころから、観たことのない映画を観たことあるふりして生きてきました。

 

攻殻機動隊」もそのひとつ。

 

原作も読んでません。

アニメは少々。

映画はイノセンスだけ。

 

その昔、知ったかぶりして「攻殻機動隊が好き」と言ったところ、

言った相手が本気のファンで、

どのシリーズが好きが問い詰められて答えられず、

結局ファンでないことがバレて気まずい思いをした…

という、悲しい思い出があります。

 

そんな攻殻機動隊の実写版が公開!

 

というので、これはもう修行のひとつとして

観ておかなければと思い、

数年ぶりに自分の意志で映画館に足を運びました。

 

 

近所にある、大手とは違う小さな映画館。

金曜夜のレイトショー。

客は約10人。

大半がひとり。

 

お客みんなに親近感を覚えながら、D-5のシートへ。

ビールを飲もうかと思いましたが、

トイレに生きたくなると困るのでコーラにしました。

小心者。

 

スマホの電源も切ってしまったので上映までの間がもたず、

ひたすらポップコーンを食べていたら

上映前にほとんど食べきっていました。

 

まあ上映中にカサカサ音たてるよりマシか。

まわり誰もおらんけど。

 

 

 

そうして始まった「ゴースト・イン・ザ・シェル」は…

 

 

面白かった!!

 

 

身も蓋もない感想ですみません。

 

すげー!かっこいい!面白い!ぐらいの

乏しい語彙でしか表現できないのが切ないですが、

すげーかっこよくて面白かった。

 

 

でもエンドロールが長すぎてぐったり…

 

次から次へと出てくるクレジットを見ながら、

これ誰が校正するんかな…

これだけの人にお金を払ってるのか…とか

考えてしまって、余韻もへったくれもなかった。

 

エンドロールまで観るのが通!とか思ってたけど、

長すぎると興ざめです。

 

 

 

つまる人になりたい。

 

私はつまらない人間です。

 

ほとんど中身のない人間です。

 

 

他人のことを妬み、嫉み、

自分の才能のなさに嘆き、

人の顔色を伺うことに疲れ、

新しい人との出会いを避け、

初めてのことへの挑戦をやめ、

「めんどくさい」を口癖にして生きています。

 

そんな40歳の隠れ廃人が

こんなことではいかんと一念発起し、

「めんどくさい」を封印して

今まで避けていたことにチャレンジしていく修行日記です。

 

残りの人生をなんとか「つまる人間」として生きていくために。

一生懸命、修行に励みたいと思います。